電力小売の全面自由化によって、2016年4月以降は家庭向けの低圧も対象となり、法人・個人を問わず、契約する電力会社を自分で選べる時代になりました。一方で、既存の発電設備の老朽化や再生可能エネルギーの変動増加により、将来の電力供給力の不足が懸念されています。
こうした課題に対応するため、2020年にスタートしたのが容量市場(Capacity Market)です。容量市場は、私たちが将来にわたり安定して電力を使用できるよう、「将来の供給力」を事前に確保するための制度です。
本記事では、容量市場の基本的な仕組みから導入背景、そして事業者が知っておくべきポイントまで、わかりやすく解説していきます。
容量市場の基本的な仕組み

容量市場を理解する第一歩として、まずは基本的な仕組みを押さえておきましょう。
「電力量(kWh)」ではなく「供給能力(kW)」を取引する市場
容量市場とは、実際に発電された電力量(kWh)を取引する従来の卸電力市場とは異なり、将来の電力供給能力(kW)を取引する市場です。簡単に言えば、4年後に電気を供給できる「能力」そのものを売買する仕組みとなっています。
容量市場の目的は、供給力不足による停電や価格高騰を防ぐため、将来の供給力を計画的に確保しておくことです。
他の電力市場との違い
電力に関する取引が行われる市場には、目的に応じてさまざまな種類が存在します。容量市場と他の市場の違いを整理しておきましょう。
| 市場 | 取引開始時期 | 取引対象 |
|---|---|---|
| 卸電力市場 | 2005年4月 | 実際に発電された電力量(kWh価値) |
| 容量市場 | 2020年7月 | 発電できる能力(kW価値) |
| 需給調整市場 | 2021年4月 | 短時間で需給バランスを調整する能力(ΔkW価値) |
| 非化石価値取引市場 | 2018年5月 | 再生可能エネルギーなどの環境価値 |
これらの市場によって電力のさまざまな価値が個別に取引されるようになっており、容量市場はその中でも、「将来の供給力を安定的に確保する役割」を担う市場です。
容量市場が創設された背景

容量市場が導入されたのは、電力システムの構造が大きく変化し、従来の仕組みでは将来の供給力を安定的に確保できなくなる恐れが高まったためです。以下のような環境変化が複合的に重なり、新たな制度の必要性が明確になりました。
- 再生可能エネルギーの急速な拡大
- 電力市場価格の低下による収益悪化
- 設備投資の停滞による供給力不足のリスク
- 将来の電力不足への懸念
再生可能エネルギーの急速な拡大
昨今、地球環境への配慮から、太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーの導入が急速に進んでいます。しかし再生可能エネルギーは、天候や季節によって発電量が大きく変動するという性質を持っています。
太陽光発電は、晴れた日の昼間には大量に電気を発電しますが、夜間や雨天時には発電できません。風力発電も、風の強さによって出力が変わります。こうした変動を補い、常に安定した電力供給を行うためには、火力発電や蓄電池など必要な時に確実に出力できる「調整力」を持つ電源の維持が不可欠です。
電力市場価格の低下による収益悪化

引用:https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saiene/kaitori/surcharge.html
再生可能エネルギーの導入拡大を支える仕組みとして、日本ではFIT制度(固定価格買取制度)が導入されています。FIT制度では、電力会社は太陽光や風力などの再生可能エネルギーを、国が定めた固定価格で必ず買い取ることが義務づけられています。
晴天の昼間など再生可能エネルギーの発電量が大きい時間帯には、この買い取られた電気が大量に市場に流れ込み、供給が過剰になります。その結果、卸電力市場の価格は下落しやすくなり、市場価格に依存して収益を得ている火力発電事業者の経営を圧迫する状況が生まれました。
設備投資の停滞による供給力不足のリスク
市場価格の下落によって将来の収入が見通しづらくなると、発電事業者は新たな設備投資に踏み切りにくくなります。
発電所の運営には人件費や修繕費など多額のコストがかかり、特に火力発電所を新設する場合、計画から運転開始まで標準的に10年程度の期間を確保しなければなりません。価格が不安定な状況ではこうした長期投資の判断が難しく、設備更新や増設が遅れる傾向が強まっていきました。
将来の電力不足への懸念
発電事業者の投資停滞が続くと、電力の需給バランスを調整できる発電所の維持や新設が進まず、将来的に電力供給能力が不足する恐れがあります。電力は需要と供給のバランスが崩れると停電につながるため、常に十分な供給能力を確保しておくことが極めて重要です。
もし供給力が不足すれば、大規模停電や需給ひっ迫時の電源確保のための価格高騰など、企業や社会活動へ深刻な影響をもたらしかねません。こうした背景から、将来の供給能力を確実に確保するための制度として、容量市場が創設されることとなりました。
容量市場の具体的な取引の流れ

容量市場では具体的にどのような手順で取引が行われるのでしょうか。その流れを見ていきましょう。
オークション方式による容量の確保
容量市場の取引は、電力広域的運営推進機関(OCCTO)と呼ばれる団体が主体となって進められます。
※電力広域的運営推進機関(OCCTO):電気事業法に基づいて設立された公的機関で、経済産業大臣の監督下で広域的な電力供給の安定確保を担う法人。
以下に示すシングルプライス方式が適用されており、取引の対象となるのは実際に発電する電力量(kWh)ではなく、「供給能力(kW)」です。
- 4年後の目標容量を決定
- 発電事業者から「供給できる容量」を募集(応札)
- 目標容量に達した時点の“最後の価格”が約定価格になる
①4年後の目標容量を決定
4年後の最大電力需要を予測し、気象条件、需給リスク、発電設備計画などを考慮して、調達すべき目標容量(必要な供給力の総量)を決定します。
②発電事業者からの「供給できる容量」の募集(応札)
発電事業者は、自社の供給できる容量(kW)と希望単価を提示して応札します。「希望単価の安い順」に並べられ、順番に落札されます。
③目標容量に達した時点の“最後の価格”が約定価格になる
落札容量が目標容量に達した時点で、その時の最後の応札価格が約定価格として決定します。この約定価格は、落札したすべての事業者に一律で適用されます。
シングルプライス方式によるオークション例

例えば、目標容量が30kWで、以下の3社が順に落札された場合を考えてみましょう。
- A社:10kWの供給能力を7,000円/kWで提供できるとして応札
- B社:10kWの供給能力を9,000円/kWで提供できるとして応札
- C社:10kWの供給能力を12,000円/kWで提供できるとして応札
A社(7,000円)+B社(9,000円)+C社(12,000円)でちょうど30kWになるため、約定価格は最後に落札されたC社の12,000円/kW。落札した全ての事業者が12,000円/kWで報酬を得ることになります。
※上記は、仕組みを理解しやすくするために実際のオークションを縮小した一例となります。
容量市場でシングルプライス方式が採用される理由
シングルプライス方式が採用される理由の1つに、発電事業者から正直な「最低限必要なコスト」を引き出すことが挙げられます。
例えば、「7,000円/kWで提供できる」事業者が、儲けを増やそうと「10,000円/kW」で応札したとします。しかし、もし市場の最後の価格が9,000円だった場合、この事業者は応札価格が高すぎたために落札を逃してしまいます。
つまり、応札価格を高く設定しても報酬が増える保証はなく、落札を逃すリスクだけが高まるのです。そのため、事業者は「この価格以下では絶対に採算が取れない」という本当に必要な最低単価を正直に応札するようになり、市場の効率化と公平性アップに繋がります。
発電事業者と小売事業者の役割
発電事業者は落札した容量(=将来の供給能力)を確実に提供できるよう、発電設備の維持・運用を適切に行う責任を負います。その対価として、OCCTOから容量確保の報酬(容量支払額)を受け取ることが可能です。
小売電気事業者には、発電事業者が将来にわたって供給力を維持するコストをまかなうため、OCCTOに対して「容量拠出金」を支払う義務が生じます。この拠出金は各小売事業者の需要規模(市場シェア)などに応じて按分されるため、供給規模の大きい事業者ほど負担も大きくなる構造です。
4年前取引の意義
4年も前から取引を行うのは、発電所の建設や大規模な設備改修に長い期間を要するためです。
4年前に容量を確保しておけば、発電事業者は「収益の確実性」→「投資判断」→「設備整備」という流れを計画的に進めることができます。その結果、将来の供給力が安定的に確保され、需給ひっ迫や停電リスクの抑制につながります。
容量市場の第1回オークションは2020年7月に実施され、2024年度分の供給力取引が行われました。以降毎年オークションが開催され、常に“4年先”の供給能力が順次確保される仕組みとなっています。
容量市場が電力使用事業者に与える影響

容量市場は、将来の供給力を計画的に確保するための制度ですが、その導入は電力を利用する企業・自治体の電力コストや調達環境にも直接的な影響を与えます。主な影響は次のとおりです。
- 電気料金の上昇リスクが増大する
- 電力調達の安定性が向上する
- 電力契約の「定期見直し」がより重要になる
電気料金の上昇リスクが増大する
小売電気事業者が支払う容量拠出金は、最終的に企業や店舗が支払う電気料金に転嫁されます。電力使用量の多い企業にとっては特に、この容量拠出金は年間コストを左右する重要な要因の1つです。
この転嫁方法は基本料金に上乗せされる、従量料金に分散されるなど小売電気事業者によって異なり、明細上で明示されないケースも多いのが実態です。そのため、容量拠出金によるコスト負担の正確な把握や他社との比較が難しくなっています。
電力調達の安定性が向上する
数年先の供給力が確実に確保されるようになるため、電力システム全体の安定性は向上します。
- 夏冬のピーク時における停電リスクが低減される
- 需給ひっ迫時における市場価格の高騰が抑制される
- 中長期的な電力供給の見通しが立ち事業計画が立てやすくなる
特に、生産計画に電力の安定供給が直結する製造業やデータセンターなどの事業者にとっては、上記のようなメリットが大きいと言えます。
電力契約の「定期見直し」がより重要になる
先述の通り、容量拠出金の負担額や電気料金への反映方法は小売電気事業者ごとに異なります。このため、料金明細上での正確なコスト把握や他社との比較が難しく、同じ使用量でも契約先によって総コストが大きく変動する可能性があります。
企業・自治体にとっては、電力会社や料金プランを定期的に見直し、総額として最適な契約かどうかを確認することがこれまで以上に重要になっているのです。
容量市場の現状と今後の展望

容量市場は創設されて間もない制度であり、運用を通じて改善が続けられています。
初回オークションの結果と課題
2020年7月に実施された第1回オークションを経て、以下のような課題が指摘されています。
- 約定価格の高騰
- 供給力の地域差
- 投資を促す力が不十分
- 調整力の確保
約定価格の高騰
初回の約定価格は1万4,137円/kW、約定総額は1兆5,506億円に達し、小売電気事業者の負担が大きくなったことで、電気料金への影響や制度設計の妥当性に疑問の声が上がりました。
供給力の地域差
全国合計では必要容量を確保できていても、送電線の制約などにより、地域ごとに見ると十分な供給力が行き渡らない懸念が残ります。
投資を促す力が不十分
既存設備の維持には一定の効果がある一方で、新設や休止設備の再稼働を積極的に促すほどの収益性は乏しいとの指摘もあります。
調整力の確保
再生可能エネルギーの増加により出力変動が大きくなる中、単に「どれだけ発電できるか」という供給力だけでなく、短時間で出力を増減できる調整力をどう市場で評価・確保していくかが、今後の重要な検討課題となっています。
制度の見直しと改善
こうした課題を受けて、政府や広域機関は容量市場の制度設計について継続的な見直しを行っています。検討されている主な改善策は以下の通りです。
- 地域課題への対応強化
- 投資促進力の強化
- 供給力と調整力の統合的な確保
- 複数市場の連携強化
地域課題への対応強化
送電網の制約などで地域ごとに供給力が不足しないよう、エリアごとの特性を踏まえた制度設計に改善を進めています。
投資促進力の強化
発電所や蓄電池などへの新たな投資が進むよう、価格水準や仕組みを見直し、事業者にとって魅力ある収益機会となることを目指しています。
供給力と調整力の統合的な確保
再生可能エネルギーの変動に対応するため、「どれだけ発電できるか」という容量だけでなく、出力を素早く増減できる調整力も含めて確保できる仕組みへの転換を検討しています。
複数市場との連携強化
容量市場だけに頼るのではなく、電力市場や需給調整市場など他の市場との連携を強めることで、より効率的で安定した電力供給体制の構築を目指しています。
脱炭素社会への対応
日本は2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」の実現を目標に掲げており、その達成に向けて電力システム全体の転換が進められています。
容量市場も例外ではなく、今後はより環境負荷の低い電源や、新しいエネルギーリソースを活かせる仕組みづくりが求められています。
将来的には、蓄電池やデマンドレスポンス(需要を調整して電力消費を抑える仕組み)など、従来の発電所とは異なるリソースも市場に参加できる方向で検討が進んでいます。
多様な電力リソースの活用が促されることで、より柔軟で持続可能な電力供給体制の構築が期待されています。
容量市場は電力の安定供給を支える制度
容量市場は、将来の電力供給能力を確保し、安定した電力供給体制を維持するための重要な制度です。電力全面自由化と再生可能エネルギーの急速な普及という環境変化の中で、日本の電力システムを支える基盤として創設されました。
事業者にとっては容量拠出金による電気料金の増加という側面がある一方、長期的には供給安定性の向上というメリットも享受できます。重要なのは、制度の仕組みを正しく理解した上で、自社に最適な電力調達戦略を構築することです。
容量市場は導入されて間もない制度であり、今後も改善が続けられていきます。電力を使用する事業者としては、制度の動向を注視しながら、定期的な契約見直しや省エネ対策の推進など、適切な対応を取っていくことが求められるでしょう。










